人の興味とは、実に利己的で限定的なものであると私は考える。つまり人は、「自分に有益である」この1点を持って興味を持つものを決定づけているんだと思う。裏を返せば、自分にとってなんら人生のプラスにならないと考えているものについて、わざわざ時間を割いて調べたりはしない。
私の趣味は「ボードゲーム」だ。人生ゲームしか知らない?それは君が「ボードゲームに興味がない」ことを表している最も明確で120%の回答だ。ここで長々とオタク話を展開しても良いが、おそらくその時点でこの記事は閉じられてしまうのでここでは我慢することにしよう。
そして私には嫁がいる。ちっちゃくてすばしっこくて、家事というなんとも興味の惹かれないタスクをあれよあれよと処理していく。私は彼女のことを最高のリスペクトをもってたまに「テキパキガール」と呼んでいる。
そんな彼女は、全くもって「ボードゲーム」に興味がない。おかしい。普段生活している中で、確実に視線の端に映り込んでいるはずの、私の可愛い我が子たちに一切動じていない。
好きの反対は無関心とはよく言ったもので、どうやら彼女にとってそれは、ただの絵柄がついている箱という認識らしい。もし嫌いという感情があるのなら、それはそれで幾ばくかの興味をもっていることにつながるのだろうが、それすらない。無である。
そんな生活をもうかれこれ3年は続けていたある日のこと。私は見てしまったのだ。
それは私が仕事から帰宅した夜のこと。今日も1日ボードゲームを購入するための労働を終えた私は、リビングへと足を運ぶ。明かりが付いているのでどうやら嫁も帰宅しているらしい。ドアを開け、ただいまの声をかけようとした瞬間、私の眼前に広がる景色に、目を疑った。
テーブルに座る嫁の目の前に広げられていたのは、そう。ボードゲームだった。
あれほど興味を示さなかったボードゲームが今、嫁の目の前に鎮座している。いったいどう言う風の吹き回しだ?
困惑しつつも、気持ちの悪いニヤつき顔を浮かべていたであろう私に嫁は「絵柄が可愛い」と一言。それだけ言うと、またテキパキと夕食の準備にとりかかってしまった。
後ほど実際にプレイまでこぎつけることができ、どうやら嫁はこのボードゲームが大層気に入ったようだ。私は1日に1回は、呪文のように「ねぇねぇ、嫁はさ、私がもっているボードゲームの中で何が好き?」という興味のない人間にとっては苦痛以外の何者でもない質問をするのだが、必ずこの問いに上記のボードゲームの名をあげる。まあ、それ以外は変わらず興味がないので知らないだけだとは思うのだけれど。
先日、このボードゲームの拡張版が発表され、楽しみだと言っていた嫁。しかし、それはこのボードゲームに限ったことで、相変わらず他のボードゲームに至っては「ただの箱」のままだ。
ふふふ、まあいい。私がこれからどんな手を使ってでもボードゲームの沼に落としてやろう。これはその序章であり、嫁とボードゲームの戦いの記録である。
つづく。
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