1922年10月17日 フランス・アルプス。
ヨーロッパでも最も高い山々が乱立するアルプスでは、雪がちらつく季節になっていた。
数年前まで続いた戦争の影はもはやなく、この峡谷には静寂が渦巻いている。
そんな中、ここアルプスの山の麓で、各国を代表する者たちが小さな会合を持とうとしているようだ。
一番最初に姿を現したのは、太い葉巻を雑に咥え、しかし身なりはやはり高貴さを感じさせられる小太りな男だ。
いかにも経営者たる風貌は、フランス代表「ジョゼフ・フォンテーヌ」である。
見た目通りの短気なのか、どうやら他の面々が来ていないことに腹を立てた彼は、地面を蹴り飛ばしている。
次に現れたのはイタリア、「エンリコ・オルヴィ」だ。
ジョゼフとは打って変わって、すらりとした体躯に理知的な眼鏡をかけている。
彼は、ジョゼフに一瞥をくれてやると、無関心そうに側の木に寄りかかった。
黒塗りの高級車が2人の前に姿をあらわしたのは、そこから数刻経った時だった。
中なら姿を表したのはいかにも軍人上がりの体格の良い男。
ドイツの「ダスラー大佐」である。
どうやら、今回の会合を持ちかけたのは彼らしい。
ジョゼフが数時間待たされたことに憤慨し、茹で蛸のようになっている。
予定ではあと一人参加するはずの会合であったが、どうやら始まる前に終わったらしい。
先に来た二人が、坂を下り始めている。
そんな二人を見て、ダスラー大佐は目を細めて呟いた。
「君たちはここで行われる事業を、”単なる”事業だと思っているのか。
あのアメリカ女同様、愚かな連中だ。
これは新たな”戦争”だ。
そして私はこの戦争に勝利すると固く決意している。
たとえ、いかなる犠牲を払おうとも。」
彼の言葉を合図にしたかのように、峡谷に散らばっていた強力な重機が獣のような唸りを上げてエンジンを始動した。
バラージとは
バラージ(Barrage)とは、ダム(Dam)のことです。
バラージはダムの一種であり、その特徴の1つが「ゲート」です。
ダムがコンクリートで固めた「壁」であるのに対し、バラージはいくつものゲートを有し、水の流れを操作することができるのです。
今回は題名であるバラージと区別するため、下記では簡易的にダムと呼ぶことにしましょう。
今回あなたに担当していただくのは、エネルギー生産戦争を控えた4つの国営企業のCEO。
フランス「ジョゼフ・フォンティーヌ」。
イタリア「エンリコ・オルヴィ」。
ドイツ「ダスラー大佐」。
そして、アメリカ「マーガレット・グラント」。
彼らは誰一人として「普通」じゃない。
そんな彼らと、エネルギー生産戦争に挑み、勝利するのが、このゲームの目的になります。
この世で一番大切なもの
さあ、戦争を始めましょう。
上述した通り、今回は「エネルギー」生産がキモになるゲームです。
では一体、そのエネルギー源はなんなのか。
マップや題名からも御察しのとおり、このゲームはダムが全て。
つまり、「水」がこの世で一番重要なものになるわけです。
その大切な大切な水1滴を求めて、今から大戦争をしてもらいます。
ゲームの流れを説明していくと同時に、CEOとしての自覚を感じてもらうこととしましょう。
先生!水が流れてきません!
さて、このゲームは全5ラウンドを通して行われるわけですが、各ラウンドの最初に「源流」と呼ばれるものがあります。
「源流」とはすなわち、「今回どれだけ水が流れてくるのか」がわかるもの。
今回、我々が事業を行うこのアルプス山脈は、上(山地)から下(平地)へ盆地が三箇所ある構造になっています。
湧水が出てくる場所は全部で4箇所。
どこにダムを建設するべきなのかが重要になってくるわけです。
しかし、肝心の水ですが、これが全然流れてこない。
誇張でも何でもない。
水は、流れてこない。
一体なぜこんな枯れ果てた土地に、国が総力を上げてこぞってダムを建てるのか。
世界にはここ以外に水がないのか。
働け、働け、働け。
水の流れが判明し、絶望したところで話は始まりません。
水が貴重なら、それを使う権利を他国から奪い取ればいい。
ただし、今のこの状態では何もできない。
となれば、優秀な部下たちに働いてもらう他ないでしょう。
バラージでは、各企業は総勢12人の従業員を抱えています。
国営企業にしては、少数精鋭もいいところですね。
彼らをどう配置し、何を生み出すのか、このゲームの最も頭を使う部分です。
一体何が彼らにできるのか、説明していきましょう。
建設しないと、始まらない。
とにもかくにも、まずは基礎となるダムが建設できないと始まりません。
しかし、建設できるのは何もダムだけではありません。
むしろ、ダムだけ建てても、それは文字通り「ダム」(水を堰き止める壁)でしかない。
我々は「バラージ」を建設するのです。
つまり、ダムで堰き止めた水を、発電に使用するために「発電所」を建設しなければいけません。
しかし、個々に建設してもそれはただの建造物。
ダムから発電所までをつなぐ「導管」もまた、建設する必要があります。
おっと、こんなことで息切れしていては困ります。
さらには、ダムに水をより蓄えるため、ダムの壁の高さをあげる「上部」も建設していかなればならないのですから。
ただし、建設するのだってタダじゃあない。
すぐさま従業員たちに建設させようとしているあなた、ちょっと待ってください。
全く、少しは経営のいろはがわかってきたと思えば、全然身に付いてないですね。
いいですか、よーいドンで全部をすぐ建設できるほど甘い世界ではないのです。
まずは、そこの「重機販売店」でダムの元となる材料を手に入れなければなりません。
コンクリートミキサーだったり、掘削機だったり。
もちろん、それもタダじゃないことは分かりますよね?
分かっているなら、さっさと「銀行」で金を借りてきてください。
建設したって水がない?なら水すら「作り出せ」
ようやくダムが建設できてきて、形になってきたようですね。
でも、最初に言ったように、この世界は圧倒的に「水不足」なんです。
しかし、だからって降ってこない水を、指を咥えてぼーっと眺めてたってしょうがない。
流れてこないなら、流せばいいまでだ。
上流の方へ従業員を遣いに出させてください。
無理矢理にでも水源を見つけさせましょう。
タービンステーション始動!!
ようやくここまでこぎ着けたら、ついに「発電」になります。
タービンステーションを稼働させて、水を電力に変換してください。
このアクションこそバラージと言えるでしょう。
水は、ダムから導管を伝って、発電所を経由する。
高低差と水の位置エネルギーを利用して、高いところから低いところへ水を落とす時の運動エネルギーでタービンを回し、そこに直結している発電所で発電する…。
これが、これこそが「水力発電」です。
目的を見誤るな
初めての発電に感動した?
ハンッ、あなたはここに社会科見学に来たんですか?
呆れて笑うこともできませんね。
あなたは、一体、何のために、ここにいる?!
他の企業を出し抜いて、自分が一番になるためでしょう?
それがわかっているなら、ただ発電して「あー水流すのたのしー」ってやってる場合じゃないんですよ。
発電するなら、「契約」も取ってこい、そう言っているんです。
タダで電力を消費できるほど、うちは富豪企業じゃないんでね。
契約の利益でさらに企業の体制を構築することが肝心です。
水が、流れる
さて、大方従業員を配置させ終わりましたか。
ひとまずお疲れ様です。
とでも言うと思いましたか。
確かに、従業員の配置こそ頭をフルに回転させるべき部分ではありましたが、それ以外の部分でも常に流れを把握しておくことは重要です。
上の方で最初に説明した「源流」で、このラウンドに流れてくる水を確認しましたね。
それが、このタイミングで、一斉に流れてきます。
もちろん、ダムを建設していればそこで堰き止められ、そうでなければこぼれ落ちていきます。
みすみす大事な資源を捨てるようなことはしないよう、ご忠告しておきます。
そして、ここであえて言うようなことではないと思いますが、より上流に建設されているダムのほうが下流に建設されているダムよりも先に水を蓄えることができるというのは、当然ですよね?
今先頭を走っているのは、誰だ
やっとラウンドが終わろうとしていますが、このゲームはユーロゲームに珍しく、ラウンドごとに得点計算を挟みます。
つまり、ラウンドごとに誰が今勝利に最も近いのかがはっきりします。
自分はじっくり後から追い上げるから大丈夫、などと悠長に考えていると、光の速さで置いていかれますよ。
常に1位を目指し、他を蹴り飛ばしてください。
これを5回繰り返した後、最終得点計算が入り、ゲームが終了します。
以下、どこに魅力があるのかを説明していきましょう。
雲を掴むようなゲーム性と膨大な情報量
最初に言っておきましょう。
このゲーム、あなたが初めてプレイするのなら、まず経験者に勝つのは無理でしょう。
なぜなら、やることがわからないから。
それは説明が悪いからだって?
それは違う、とハッキリ言っておきましょう。
まず、このゲームが他と大きく異なる点。
それは、アクションがすぐに結果を生まない点です。
実行したアクションは、あくまで後々のアクションの楔なのです。
多くのゲームは、「Aをすれば、Bが得られる」といったように、アクションの結果が目に見えてわかりやすい。
しかし、バラージでは、「今Aをすれば、後々Eができる」くらいの時差があるのです。
そしてその先見の明は、プレイした経験値でしか養えない。
これは非常に大きなアドバンテージです。
だから、初見で見限ってしまう人は、本当にもったいない。
このゲームは、理解すればするほど、味がどんどん出てくるのです。
そしてもう一つの理由が、その膨大な情報量です。
アクション時は12人の従業員を配置していくと説明しましたが、じゃあ何をどの順番でプレイするかはっきりとした道が見える初心者はいないでしょう。
12人が少数精鋭?大概にしてほしいですね。
やること、やりたいこと、優先したいこと、やらなきゃいけないことで頭がパンクすることは必至ですよこのゲームは。
こういったように、考えて考えた挙句、なにをしたらいいかわからない、何をするべきなのかといった思考になり、初心者やゲームの序盤は「雲を掴むような」ゲームになるのです。
しかし、それが面白い。
呆れるほどに、面白い。
複雑性とは、このゲームのためにあるもの
もし、シンプルなゲームがしたい、というのであれば、今すぐ回れ右をして二度とこのページには立ち寄らないことです。
なんたってこのゲームの売りこそが、「複雑性」なのですから。
しかし、ただ複雑なのだったら、それは真に完成されたゲームとは言えないでしょう。
広げた風呂敷は、畳まなければならない。
ただし、その風呂敷が畳めるかどうかは、プレイヤーであるあなた次第といったところでしょう。
上記で説明した内容だけでも、十二分に頭を沸騰させることができます。
しかし、このゲームはそれだけでは許してはくれない。
上では大まかなアクションを説明しましたが、他に建設の回りを早める「作業場」、契約をとってくる「契約事務所」、そして特別なアクションを可能とする「特許局」があります。
どうやってゲームを組み立てていくか、ワクワクするか、ゲンナリするかで好き嫌いがハッキリ出そうです。
CEOを支える右腕たち
このゲームの魅力は先ほどからお伝えしている通り「どれだけ情報量を追加できるか」です。
お察しの通り、プレイヤーが受け持つ各国営企業のCEOたちは、それぞれに独自の固有能力を持ち合わせています。
そして、このゲームでは彼らを支える「重役」と呼ばれるサポーターが存在します。
全員で7人いる彼らもまた、個々に特異な能力を持ち合わせ、ゲームの展開を複雑化してくれます。
CEOとバッチリ相性のいい重役、逆に相性は悪いが他の企業の天敵になり得る重役、様々な組み合わせが存在します。
決してマニュアル化することのできないゲーム、それがバラージです。
もうやめてくれ、橙色のNo.5
すでに日本語版も発売されているので、その存在を知っている人も多いでしょう。
このゲームにも、拡張が存在します。
そう、彼女こそ5人目の刺客。
オランダ「エレン・フォス」。
彼女は、5人目となる国営企業のCEOであり、その配下として新たに4人の重役、1つの新建設物、2つの新アクションをぶら下げてきました。
正直、これ以上の追加情報は勘弁してほしいものです。
が、この拡張、かなり面白い。
こんなものは蛇足だ、と一蹴したかったところではありましたが、新アクションはバラージに新たな風を吹き込み、よりこのゲームの虜にしてくれる。
ゲームのバランスを壊さず、より高みへと導いてくれる非常に優秀な拡張です。
どうしてこんなに「キツイ」んだ
この魅力を伝えるのを忘れるところでした。
このゲーム、最初こそ雲を掴むようなプレイ感で、ほわほわプレイしていたら終わっていた、というのはよくある話です。
しかし、それはまだこのゲームの本質を理解する前の話。
わかってしまえば、今度は緻密な事業計画と睨めっこすることになるのがこのゲームのもつ二面性でしょう。
「12人も従業員いたら、最初に何をしたらいいかわかんないよー」と言っていた若き頃。
今では、「なぜ12人しかいないのか!?本当に国営企業なのかここは!??」と発狂寸前。
計画の正確な履行には、恐ろしいほどに足りない時間と労力。
このキツさがまた、たまらないのです。
おわりに
いかがだったでしょうか。
工業系の事業経営者ともなると、さすがに一筋縄ではいかないでしょう。
従業員たちをどこに配置するか。
ただそれだけのはずなのに、ここまで頭を悩ませてくれる最高級のゲームと言えるでしょう。
もし、最後の一滴まで脳みそを使いたい人は、ぜひご賞味あれ。
以上、「バラージ」の紹介でした。
では、また。
バラージとは
また、同様の重量級ゲームで、経営者気分を味わいたいなら、こちらもどうぞ。
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